ガイドと歩く善光寺三社と県歌「信濃の国」ゆかりの地めぐり
東町・西町に残っている文化財等をご案内するコースです。
【所要時間:2時間】
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西方寺
西方寺から出発します。
POINT1
西方寺
開山は、正治元年(1199) に浄土宗の開祖法然上人が善光寺を訪れた時に、権堂の往生院の地に創建したと伝えられています。現在の地に移転してから、善光寺の仮本堂に2回なりました。チベット大仏は台座を除き高さ2.4m、重さ2tの日本初のチベット塑像(そぞう)です。平成22年にダライ・ラマ14世法王による大仏開眼式が行われました。
POINT2
長野電燈発祥(碑)
明治時代に至るまで、灯りはろうそくや灯油ランプが主だったが、電灯で暮らしが一変しました。
長野で最初の電灯が灯った時、電灯供給会社はここに建てられました。
POINT3
武井神社
その創建は定かではありませんが、持統5(692)年頃ではないかと云われています。御祭神は「健御名方命(たけみなかたのみこと)」で諏訪大社と同じになります。善光寺三鎮守の一社です。
POINT4
ちょっくらおいらい館
江戸時代中期の頃から菜種油製造問屋として菜種油・ロウソク等を扱ってきた商家で、名前は油問屋三河屋庄左衛門商店といいましたがその建物を活用したものです。
建造物は平成18年に国の登録有形文化財に指定されました。
POINT5
畳差し
善光寺町は火災が多かったので町を守るために設けられたのが「善光寺町防火水路」です。 家庭にあった畳を水路に縦に差して水を溜め活用していました。
POINT6
長野天神
袖長野、上長野、下長野等 長野という地名が多く存在するため「長野天神」という名が付けられたといわれています。
又、長野県の名前「長野」の発祥の地ともいわれています。
POINT7
長野聖救主教会日本聖公会救主聖堂
1898年創建のゴシック風建築です。
国の登録有形文化財に指定されました。
POINT8
加茂神社
善光寺7社の一つ。祭神は神武天皇の母神玉依比売命(たまよりひめのみこと)でした。
下鴨神社の御分霊を当地に祀っております。
善光寺大本願と深い関わりがあります。
POINT9
妻科神社
諏訪大社下社の御祭神八坂刀売命(やさかとめのみこと)とその御子神妻科比売命(つましなひめのみこと)を祀っているといわれています。
善光寺三鎮守の一つ。
(善光寺三鎮守・・湯福神社 武井神社 妻科神社)
POINT10
浅井洌・北村季晴旧居跡
県歌「信濃の国」は長野師範の教師浅井洌が作詞し北村季晴が作曲しました。その卒業生が教師として県内各地に赴任し、教えたことにより広く歌われるようになりました。1968年県歌に指定されました。
POINT11
長野県師範学校跡(現長野市立図書館)
1975年に長野市堅石(たていし)に建てられました。
1978年、明治天皇が行幸の際休憩所に充てられました。
信州大学教育学部の前身です。
POINT12
鳴子清水
北国街道の善光寺町に接続していたこの地(妻科あたり)を当時、鳴子耕地といいました。その地名を取って鳴子清水といいます。
GOAL
信金大門町支店前
ガイドはここで終了します。